帰納法・演繹法
八木 謙
2013年4月にHPVワクチンが定期接種化された。接種部位以外の広い範囲で持続する疼痛が報告され、これを受け積極的な勧奨は差し控えられた。この副作用とされるものがワクチンに起因するものか否かの結論が出ていないまま、2021年、接種による有効性が副反応のリスクを明らかに上回るとされ、2022年4月再びこのワクチンの積極的な勧奨が行われた。
本項では副反応の問題はさておいといて、本当に有効性が明らかであるのか、それは証明されているのか、について論じてみたい。
帰納法、演繹法という推論法がある。
帰納法(induction)とは複数の物事や事象の共通点を抽出して結論を得る、法則を得る方法。
演繹法(deduction)とはすでにあるルール(法則)に当てはめて結論を出す方法。inductionという単語は産婦人科医にとっておなじみな用語である。そうinductionには帰納法という意味の他に分娩誘発という意味がある。つまり、オキシトシン点滴をする、陣痛が始まる、出産という結果が生じる。こうした起承転結を指す。
ガリレオが落下の法則を見出したのは実験において落下にはある一定の法則があることに気付いたからである。実験結果は以下のようなものだ。落下速度は毎秒同等の加速が加わる。
v:落下速度、t:秒、g:重力とするとv=gt(m/s)というルール(法則)が得られる。
落下距離は経った時間の2乗に比例する。d:距離、t:秒、g:重力とするとd=1/2gt^2(m/s^2)というルール(法則)が得られる。
こうした法則があることをガリレオは実験により見出した。
そして地球表面上ではgは9.8m/sであると見出した。これは実験結果から得られたものである。
速度に関しては
v=9.8t(m/s)(v:落下速度、t:秒)が成り立つ。・・・法則①
距離に関しては
d=4.9t^2(m/s^2)(d:距離、t:秒)が成り立つ。・・・法則②
ガリレオによりこの落下の法則が示された為、今我々はこの法則を使い演繹法で次の事を求める事が出来る。
上空の1万8千mにいる気球を戦闘機で撃墜する。61秒後気球の機材が地表に激突する
・・・法則②より。
さらに法則①より61秒後に地表に衝突したときの速度が得られる。速度は秒速597.8m/sである。時速に換算すると2152Km/時ということになる。空気抵抗があるからそれより若干遅くなる。これは真空での理論値である。大型バス3台ほどの質量の機材がこんな速度で民家の屋根に墜落してはたまらない。海上に移動してから撃ち落としたのは正解である。実際に1万8千mの高さから鉄の球を落として計測してみなくてもガリレオのおかげで誰でもこの計算は出来る。これが演繹法である。
もう1人の天才ナポレオンは戦争に強かった。砲術が得意だったのである。物理、数学が出来た。まず実験をした。火薬の量、砲弾の重さ、発射角度という変数を替えて球が放物線を描く法則を見出したので確実に敵陣地を攻撃出来た。
もしナポレオンでない実験の能力のない実験をしていない凡庸な将軍が放物線の法則を知らないまま敵陣地へ向けて大砲を打っても当たるかどうか分からない。届かないままで敵陣地の手前に落ち敵は無傷の事だってありうる。凡庸な将軍が敵陣地方向へ大砲を打った時、周りの兵隊達はこれで敵は壊滅すると大はしゃぎする。しかし球は敵陣地へ届かなかった。法則を手に入れないまま演繹法を用いてしまうとこういうことになる。
HPVワクチンの話に戻る。解熱剤、抗生物質の効果は実験の結果が短時間で分かるから、この解熱剤はよく効くという判定が出来る。しかしこの子宮頸癌ワクチンが効くか効かないかの判定にはある地域でそこにいる少女全員にこのワクチンを打ってみて60年後その地域で子宮頸がんの発生が10分の1に減ったとか半分に減ったとかという結果が出ればこのワクチンの効果があったと判定できるのだ。このワクチンと称するものは開発されてまだ12年しか経っていない。実際の判定結果はまだ出ていない。細胞診の前癌状態を表すクラス分けでは変化が出ていることは報告されている。しかしそれが将来癌の発生を減少させるかどうかは分からない。通常の臨床の場において細胞診のクラス分けでLSILがHSILになったり、その逆が起ったり、最初の細胞診でASC-USが出たものが次の検査でNILMとなったりするのはよく経験することである。細胞診の動向に一喜一憂するべきではない。
とにかく60年経たなければ帰納法による結果が出ないのだ。結果が出ていなく法則が判明していない方法で演繹法を用いてはならない。何々へ対するワクチンが開発されましたという言葉だけでそのワクチンが何々を撲滅する効果があると信じさせられている。医者が信じ込めば患者も信じる。そうではなく実験結果を待たなければならない。
ナポレオンでない凡庸な将軍の話をした。彼が打った球は敵陣に届くかもしれない。あるいは敵陣に届く前に墜落するかもしれない。実験してないのだから分からない。この凡庸な将軍を日本の厚生労働省に当てはめると、凡庸な将軍が敵陣地の方向に大砲を打つ、部下の兵隊達は打て打て、これで敵は壊滅だとはしゃぎまわる。厚生労働省はワクチンを打て打てと言う。医者達も打て打てとはしゃぎ回る。これで子宮頸癌は撲滅だと胸を張る。
このワクチンを打って子宮頸がんが減るかもしれない。しかしその確証がない事は先に述べた。60年経ってこのワクチンを打って子宮頸がんが減ったという結果が出るかもしれない。癌の発生率に変わりはないという結果になるかもしれない。逆にこのワクチンを打って癌が増えたという結果になるかもしれない。子宮頸癌ワクチンを打って子宮頸癌が増えるという事があり得るのか。あり得る。
腫瘍免疫の世界では修得免疫と自然免疫がある。修得免疫とはその癌細胞に特異的な免疫能を人工的に修得させて癌を攻撃する考え方である。この方法は研究されてはいるが今一効果のある方法が確立されていないのが現状である。しかし自然免疫の方は毎日生体内で傷ついた細胞、変性した細胞(癌を含む)が生成するが、それを自然免疫の力で排除している。それは科学的に確認されている。もしその自然免疫をワクチン等で破壊あるいは減弱するような事があれば癌は増殖してゆく。癌に対するワクチンが癌を増殖させることは理論上ありうる。先の新型コロナワクチンの投与で自然免疫が低下し、癌発生率が上がったという報告がある。私はこの子宮頸癌ワクチンが癌の発生を抑えないとか返って癌を誘発するという証拠を握っている訳ではない。ただ分からないと言っているのだ。これで子宮頸がんが撲滅できるという実験結果がまだ出ていないと主張しているのである。この研究は必要である。動物実験生体実験は繰り返されそのデーターの集積をしなくてはならない。しかし結果がでていないものを日本人女性全員に、小学6年から高校1年の女子全員に投与するのはあまりに乱暴過ぎないかと問うているのである。
以上、ある懐疑的産婦人科医の独り言でした。