「医政局長保助看法問題の解決」に異論
平成19年6月19日 山口県 八木 謙
日医ニュースに「医制局長通知により保助看護問題が解決」という記事が掲載された。いわゆる内診問題の解決ということだが、実際は何も解決していない。この通知は看護協会側から見れば看護師の内診を認めないとしたととれ、産科医側から見れば看護師の内診を認めたととれる表現で、何の問題の解決にもなっていない。
では法自体は一体どう言っているのか、原点に戻って考えてみたい。
お断りしておくがこの問題を産科開業医と助産師達との利権争いという眼で捉えないで頂きたい。法理論の上で何が正しいか、そしてこの国の産科医療の目指すものは何かという視点で考えて頂きたいのである。
以下に現行法を示す。
3条と30条は対になって助産師の業を規定している。5条と31条は看護師のそれを、6条と32条は准看護師のそれを表すものである。更に31条においては助産師に看護師の業を為すことが出来ると定めている。
これから行くと看護師は自らの判断で行う看護と医師の指示の基で行う医療の補助を行う事ができる。准看護師は看護と医療の補助を行うことができるが、看護については自らの判断で行うものではない。助産師は助産と看護と医療の補助を行う事ができる。
一般常識として浸透している助産師の医療業務の中での位置づけは以下のようになっていると考える。
ⅰ、助産師は助産行為ができる。
ⅱ、助産行為は医療である。
ⅲ、助産師はある限定した医療を行うことの出来る職種である。
ⅳ、医療業務としての役割分担は助産師と看護師では明確な差がある。
私はこの一般常識に異論を唱えるものです。
まずⅱの”助産行為は医療である”は正しい表現だろうか?
果たして助産師は医療行為を行う事が出来るのか?
といった疑問がこの常識に対して沸く。
上段に提示した法からは”助産師がおこなう助産行為は医療である”という法説明が導き出せないのである。
保健師助産師看護師法第3条と30条で助産が規定されている。これからは、
“助産師の行っている助産”は”看護”と同様、医療ではない。
これは医療の枠外、医師法の外で行われている業務である。
本題に入る前に助産という用語の明確な定義をしよう。助産は2元性に定義しなければ解決つかない。つまり保健師助産師看護師法下における助産と医師法下における助産の2つである。
①、1つは保健師助産師看護師法下における助産。これは医療ではない。これは助産師があつかう。
② あとの1つは医師法下における助産。これは医療である。これは医師があつかう。正常分娩であっても医療機関であつかえばこれは医療である。医療でなければ医師がこれをあつかうことが出来ない。疾患でもないものへの処置を医療と定義できるか。出来る。これは予防医療とみなすことができる。正常な分娩の経過を傍で見守り、異常が起き次第すみやかに処置を行う。最後まで異常が起きなかった場合でもこれは医療である。
助産を2元性に定義した。では、
医師、看護師、准看護師、助産師、4者の業務分担は以下のようになる。
ここでは医療でもない、医療の補助でもない、助産でもない業務も存在する。それは看護という業である。看護は法的に医療業務から独立する。看護師は自ら看護計画を立て、医師はこれに介入しない。看護師単独の判断で行うのである。
医療業務に限定して考えると医療業務は医師の行う医療と看護師、准看護師、助産師の行う医療の補助の2種で成り立っている(黒太枠)。助産師のあつかう助産は医療以外のところに位置する。医師の指示下で行う”医療の補助”は看護師、准看護師、助産師の3者の間で法的差は無い。3者同等である。
以上が現行法から導き出される4者の業務分担である。
厚生労働省医政局看護科および看護協会は助産師の行う助産も医療であると錯覚した。助産師の行う助産も医療であるなら、医師法 第17条 医師でなければ、医業をなしてはならないという法と対立する。医師法下以外の医療行為を例外的に認めるという解釈はいかなる法令からも導き出せないのである。
これはむしろ次のような法解釈となる。
ⅰ、医療機関内における助産は医療と定義される。
ⅱ、医師でない助産師は”医療と定義された助産”をあつかうことは出来ない。
ⅲ、医療機関内で助産師がこれに参加するには医師の指示の下、医療の補助としての行為しかない。つまり医療機関内では助産師は看護師なのである。
医政局長の言う、医師、助産師、看護師等の3通りの役割分担とはならない。医療機関内においては医師と看護師等の2種である。ここでの”看護師等”とは看護師、准看護師、助産師間の3者を指す。医療機関内で医療の補助を行うこの3者の履行可能業務に法的差はない。助産師にやらせてよいことは看護師にやらせてもよい。看護師にやらせていけないことは助産師にやらせてもいけない。やらせていい事といけない事の違いはその行為が医療であるか、医療の補助であるかにより決まる。医療行為となるならやらせてはいけないし、医療の補助であればやらせてよい。
医師、助産師、看護師、准看護師の4通りの役割分担とは医療機関以外の場所を含めての考え方となる。医師法下でない助産をも含めれば医師、助産師、看護師、准看護師の4区別が存在する。というより”医師法下でない助産”つまり保健師助産師看護師下での助産には医師も看護師准看護師も参加出来ない。医師法下にないこの場所では看護師は助産の補助という行為を行うことは出来ない。同様、医師もこれに介入できない。ここは助産師単独の判断で行うのである。
看護師は医療機関にあってこそ助産に参加できる。助産を医師法下にある助産か保健師助産師看護師下にある助産かに区別しなければ、分娩における医師、助産師、看護師、准看護師の役割分担を明示することは不可能である。この2つを区別しないで助産という用語を一括して定義をしようとしたところに医政局看護科の法解釈での無理が生じたと言っても過言ではない。
まとめ2分類の助産:
①保健師助産師看護師法下における助産:これは助産師単独であつかう。この場所での助産の補助が出来る看護師准看護師は存在しない。
②医師法下での助産:医療行為は医師が行い、医療の補助は看護師准看護師助産師が行う。医師法下では”医療”か”医療の補助”かの2種の業務分担しかない。
ここで先般医政局長が出した通知を見てみる。
医政局長通知
この通知の内容は既存法を繰り返しているだけに過ぎない。問題となった看護師の内診については何も言及していない。”その役割分担を守れ”という語句からは一方にとっては内診を禁じたと取れ、もう一方からは内診を許したと取れる。医政局長も今回のこの看護師内診問題では腐心されたのだとは思うが、結局この通知の前半で言っているのは、「1」”医師、助産師、看護師の役割分担を守れ”。そして後半では、産科医療において助産師数の絶対数が不足していることが今回の騒動の原因であるから「2」”各都道府県は助産師の育成に努めよ”である。
「1」の“医師、助産師、看護師の役割分担を守れ”はその場所を医療機関外に置くか医療機関内に置くかで法的扱いがまったく別のものになって来る。先も述べたが医療機関外、つまり保健師助産師看護師法下の助産では助産師と看護師の役割は完全に異なる。看護師はこの助産に補助の手を出すことすら出来ない。対して医師法下の助産では看護師は医療の補助者としてこの助産に参加出来る。医師法下では助産師も医師の指示の下、医療の補助者としてこの分娩に参加する。助産師であっても医師の管理下に置かれる。ここにおいて助産師と看護師間に業務の差は起きない。医師法下の助産では医師による医療と看護師、准看護師、助産師による医療の補助の2種の役割分担は守られている。
となると「2」の助産師数の絶対数を増やせという政策も意味が無くなって来る。
結論:一例の出産がきわめて重要となり、高度な産科医療の要請と失敗が許されないものになってきている現代、この国の出産はすべて医師の管理下に置くべきである。助産師を完全に医師の指揮下に置く体制が必至であり、そうしなくてはこの国の産科医療レベルが保てない。
全ての分娩を医師法下に置くとなると、必然的に保健師助産師看護師法下での分娩は皆無となる。その場合助産師という法的身分は不要となる。無医村離島においても教育を受けた看護師を置き、モニターをリアルタイムで都内にいる医師が見ていればこれは医師法下にある。情報力と患者輸送の機動力があれば救急医療体制は可能である。助産師養成より看護大学出で卒後教育を実戦的な産科医の基で身に付けた者を育てるべきであろう。
しっかり未来を見据え、文部科学省厚生労働省を巻き込んだ産科医療スタッフ養成構想の再構築を図っていく必要がある。