助産師法と医師法の狭間で

玖珂郡医師会 八木  謙

はじめに
2006年堀病院事件が起こった。医師が保健師助産師看護師法違反で警察に摘発されたのである。看護師による内診行為の違法性が問われた事件であった。同様の事件はいくつか起こり、県による行政指導も行われた。看護師に内診させてはいけないというものである。これは産婦人科開業医にとっては死活問題であった。助産師を雇おうにも助産師の数が圧倒的に足りない。すでに助産師達は大病院に偏在していた。看護師に内診させられないとなると分娩進行の推移は医師が付き切りで診ていなければならない。しかしそれはあまりに過酷である。結局、医師看護師体制での産科医療体制は不可能となった。そして分娩を止めた産科医療機関が多数出た。その為、地方でお産をする場所がなくなり社会問題となったのは記憶に新しい。これに危機感を覚え急遽多数の助産師養成学校が設立されることになった。ここに来てすでに卒業生が多く輩出され、一応助産師偏在の産科医療体制も一息着いたとみられる。これで個人開業産科医のところへも助産師が充足してくることだろう。しかしこれで終わりではない、これは新たな混乱の幕開けである。

Ⅰ、助産師法と医師法
助産師の数が増すことにより助産師法の適用も増す。ここで助産師法というものを解析してみたい。

1、助産師法と医師法の関係
保健師助産師看護師法は保健師法、助産師法、看護師法の3つの法を統合したものであると考えることができる。解り易くする為に助産師法という法を1つの独立した法として取り扱ってみる。医師法と助産師法の対比として見てゆく。
助産師法と医師法の関係を検討する前に歯科医師法と医師法の関係を見てみる。歯科医師は一般医療を行えない。一般医師は歯科医療を行えない。当たり前の事である。前者は歯科医師法下にあり後者は医師法下であり互いに独立している。しかし口腔外科の専門医の中には医学部6年と歯学部6年の両方を出て医師免許と歯科医師免許の両者を収得している者もいる。彼なら歯科治療も医療も同時に行なう事が出来る。このダブルライセンスを持つ教授なら医師にも歯科医師にも命令することができる。
次に助産師法と医師法を見てみる。医師は助産師免許を持っているか。医師免許を取ったとき同時に助産師免許を持っていると解釈できるか。いや助産師免許を持っていないのだ。助産師免許が欲しいなら医学部を出た後、更に4年学校に行く必要がある。だがそんな医師はいない。医師は医師法下で分娩を扱い、助産師は助産師法下で分娩を扱う。この両法は”and”ではなく”or”の関係にある。つまり分娩を扱うときどちらか一方の法が成立してればいい。
医師は助産師免許を持たない。ならば助産師法下にいる助産師に指令できる立場にあるのだろうか。雇用主が医師であったとしてもである。例えば総合病院を経営する医師が歯科医師を雇用し歯科部門を開設した場合、医師は歯科医師法下で行なう歯科医師の診療に口出し出来ない。同様の法関係が医師と助産師に言えるのではないか。医師が助産師を雇用した場合、この助産師は助産師法下において仕事をするとすれば法的に医師はこの助産師の行なう業務に口出しできない。医師が歯科医師や獣医師の仕事に介入できない法構成は医師と助産師の間にも成立する。医師が助産師に命令したいなら医師は医師と助産師のダブルライセンスを取得していなければならないことになる。これが助産師が医師の管理下にないとする正当な理由である。

2、法の欠陥
助産師量産体制に入ったとき、”助産師は医師の指示の基、助産を扱うことができる”の一文を法に追加するべきだった。これは診療放射線技師法等と同様の文言である。こうすれば診療放射線技師や薬剤師と同じく助産師も医療従事者足り得たのである。だがそうなっていない。これは法の欠陥と言うべきであろう。今いる助産師達が医師の命令に逆らうとは思えない。だがこれは不文律のしきたりで医師の下で働くとなっているだけである。今後ともその精神が引き継いで行かれるかは分からない。法の欠陥が将来に禍根を残す。近時的な例で言えば明治憲法の欠陥が昭和の時代になって発露したことにそれがある。元老達が生きているうちはよかった。日清戦争、日露戦争はそれで持った。しかし元老達が死に絶えた昭和、軍は政府の管理下にないという法の欠陥が表面化したのである。今の産婦人科の長老たちがいなくなり、若い助産師達が育ってくると法の欠陥は露呈する。いやもうすでにその傾向は見えている。助産師は医師の管理下にない。あるいは助産師法下の助産師は異常分娩に従事する事はできない。その業務は断ります。という主張である。この主張はいずれも法的に正しい。医師と助産師の間でなぜこのような法の欠陥が生じたが。それはこの法の作成当時、助産師が医療機関で働くことを想定していなかった為である。

Ⅱ、何が違法で何が違法でないか
何が違法で何が違法でないかを見極めなくてはならない。
1、産科医療現場に助産師法と医師法が混在してくる今後、法構成をどのように理解すべきか。
出産に助産師と医師の双方が立ち会う。この助産師法と医師法の同時成立が最も一般的な形となる。片方のみ成立する場合もある。助産師が執務しておらず医師のみが立ちあう場合もあるだろう。このとき医師法のみが成立する。医師法は存在せず助産師法のみ成立する場合もある。いい悪いは別として医師が海外旅行に行く。助産師は残りお産を取り上げる。異常があれば2次病院に送る。これで法的には問題はない。ただしこの場合看護師は出勤させてはならない。通常の診療でも医師が不在のとき外来は閉める。看護師のみ出勤し注射や投薬はしてはならないのと同じである。
医療機関においての助産師法下のみの業務は法的に可能だろうか。可能だろう。逆の場合、つまり助産所での分娩に医師が呼ばれる。医師が助産所に着くとそこは医師法下におかれる。自宅分娩に助産師が呼ばれる。そのときその自宅は助産師法下にある。同様に医療施設であっても助産師法下のみにおかれるのも可能だ。その典型的なものが院内助産所と呼ばれるものである。ここの法的位置づけが今一よく分からないが、医師法下にも置かれているとするなら一般の産科病棟と同じである。わざわざ院内助産所と呼ぶ意味がない。たぶん助産師法下のみにおかれているとされているのだろう。助産師法下のみにおかれるのなら看護師の勤務は出来ない。助産師外来も同様である。医師が妊婦検診を行なう場合、これは医療の一環である。そこで働く看護師は医療の補助をしている。助産師が妊婦検診を行なう場合これは助産の一環である。助産師法下の助産の補助は看護師の業務にない。ここに看護師を勤務させることは違法となる。だがこの外来が医師法下に置かれているとするなら看護師を勤務させることは可能である。しかし医師不在の場合は外来を閉めなくてはならない。2007年に医政局長の出した通知”看護師は助産師の指示のもと助産の補助を行なう”は法的に間違っている。このような解釈はどの法からも導けない。看護師の業務は”看護”と”医療の補助”のみである。

2、堀院長は本当に法を犯したのだろうか。
医師は医師法下で助産を行う。助産師は助産師法下で助産を行う。共に立脚する法が違う。医師ははじめから助産師法を犯しているのである。助産師法の枠外にいるのだ。だが医師は疾患でない正常分娩を扱うことが法的に許されているのだろうか。正常分娩は助産師が扱う。異常分娩は医師が扱う。法的にはこのように棲み分けされている。よって医師は正常分娩を扱うことが出来ない。ということが言えるか。いや、この解釈は間違っている。正常分娩であろうと医師が扱えば医療の範疇に入る。予防医療という考え方が当てはまる。正常な分娩の流れを横でただ見ている。異常が起これば手を出すのである。堀院長が罪に問われた看護師内診について見てみる。助産師会は「助産は助産師または医師でなければ行なってはならない。看護師にこれを行なわせるのは違法だ」と主張する。しかし法文を読むと、「助産は助産師または医師でなければ行なってはならない」とは書いてない。保健師助産師看護師法30条は「助産師でなければ助産を行なってはならない。ただし医師法下ではそのかぎりではない」となっている。「助産師または医師でなければ行なってはならない」と「医師法下ではそのかぎりではない」は同じことではないかと思ってしまいがちだが、実際は大違いである。比較する為に診療放射線技師法を見てみる。診療放射線技師法の方は「医師、歯科医師又は診療放射線技師でなければ人体に放射線を当ててはならない」となっている。つまり看護師にこれをさせれば違法である。これを指示した医師も診療放射線技師法違反となる。また医師自身がこれを行なった場合、診療放射線技師法を満たしている事になる。助産に関して言えば、医師自身がこれを行なった場合助産師法を満たしているのではない。助産師法の枠外、医師法内でこれを行なっているのである。はじめから助産師法を犯しているのだ。今更助産師法違反で医師を逮捕するのは理論的におかしい。堀病院事件は業務遂行中の救急車やパトカーを道路交通法違反で捕まえてしまったのと同じだ。警察の早とちりである。
業務独占という視点から見るとよく分かる。人体に放射線を当てることが出来るのは医師、歯科医師、臨床放射線技師であり、これは医師法下等にあってもこの3者の業務独占である。対して助産は助産師と医師の2者の業務独占とはならない。「助産は助産師または医師でなければ行なってはならない」と書いてあればこの2者の業務独占ということになるが、そう書いてない。「医師法下ではそのかぎりではない」となっているのである。これはその前文の助産が助産師の業務独占であるという規定を否定していることになる。医師法下では助産は助産師の業務独占ではない。一般社会にあってのみ助産は助産師の業務独占となる。医療機関内で助産が助産師の業務独占ではないなら、医師が行なう医療行為、これが助産行為であろうと、その医療の補助をする、つまりその助産の補助をする看護師に違法性はない。この医師もこの看護師も法を犯していない。看護師に行なわせた業務が”医療の補助”の枠を超える高度医療業務ならこれは医師法違反が適用されるべきである1)。ただこの行為はそこまでの高度医療にならない。医師の指示の基、看護師が注射するのが医師法違反に問われないのと同様、医師の指示の基で行なった看護師の内診は医師法違反に問われないと考えるのが自然である。

Ⅲ、助産師法と医師法の両者を満たす意味
助産師と医師の両者が分娩に立ち会うのが法的に優れているか否か。
助産師法と医師法、これが”or”の関係にあることは先に述べた。では”and”の状態は成立するか。助産師法と医師法の両者を満たすことはあるか。助産師と医師の2つの免許を持った医師はいない。一人では無理である。しかしその分娩室に、助産師も医師も立ち会うことにより助産師法も医師法も満たしているのだと言えるだろう。医師法のみを満たすより助産師法と医師法の両者を満たす方が法的にはより高度な状態と考えているのが現状であろう。薬剤師と医師との関係を考えてみる。医師のみがチェックするより更にその処方を薬剤師の目を通すというダブルチェックの方が優れているのは明白である。それと同じ考え方が医師と助産師の間でも言えるか。いやこれらは同質に置くことは出来ない。薬剤師は医師以上に薬剤の知識を持っている。だが助産師が産科医以上の産科学を収得しているとは言えない。助産師法を満たすということは医療を排除することになる。医療を排除してしまった方がランクは下がるとみなければならない。だが助産師法を守り通すという方法もないではない。犯人追跡中のパトカーを例にとる。警察官としての業務規定を守りながら道路交通法も犯さないで犯人を逮捕することもあり得る。医師が分娩室にいても何も医療を施さない、助産師法を犯さない分娩はありうる。しかし逃亡中の犯人がスピードをあげれば追跡中のパトカーは制限速度を超えるスピードを出す。このときパトカーに乗っている者全員がすでに道路交通法の枠外にいる。分娩室において1つでも医療が施されたとき、その分娩室にいる全員が助産師法の枠外となる。分娩室に入り血管確保1つでもしたらその状態になるのである。だから助産師法と医師法を”and”の関係に保つ、つまり両法を無理に満たそうとする意味はない。

Ⅳ、特定看護師
助産師法の問題は特定看護師の法制化を考えて行く上でのいい見本となろう。特定看護師制度が法制化されればその資格を持った看護師がいなければ今まで一般の看護師にやらせていた仕事を医師自らが行なわなくてはならなくなる。医師の負担を軽減するという最初の目的は達成されない。それどころか医師の負担が増えるのだ。看護師の内診を禁じたら医師の仕事が増えたのと同じ構造である。こうしたものを法で括ってしまうと後で身動きが取れなくなる。日医がミニ医師はいらないと喝破してみせたのは賢明であった。
医師がどの科の医師でも医師免許という1つの法的資格であると同様に医療の補助を行う看護師も看護師免許という1つの法的資格であるのがいい。特殊技能を持つ各科の看護師達は医師の認定医と同様に認定看護師という地位で待遇を良くすればいいのである。

Ⅴ、今後に向かって
 助産師が多量に輩出されるようになった今後、助産師法と医師法との間の法の競合が起こる。「私達は医師の指示下にありません。私達は異常分娩の手伝いは行いません。それは助産師の仕事ではありませんから」という助産師達の主張が起こった時それにどう向かい合っていけばよいのか。困った事にこの主張は法的に正しいのである。助産師が悪いのではない。助産師法がよくない。医療機関内で助産師法を振りかざしたり助産師法の枠内に閉じこもったりされるのが甚だ迷惑なのだ。

1、3種の法構成
これら助産師法の主張にどう対処すればいいのか。医師の立場として考えてみた。3種の法構成を建てた。
タイプA:院内すべてを医師法下におく。
タイプB:助産師は助産師法下のみの業務を行なう。
タイプC:助産師を助産師法下の助産師として業務に付かせたり看護師として業務に付かせたりと適時異動させる。以下それらを解説する。

(1)タイプA:院内すべてを医師法下におく。助産師法が活動する場所はない。助産師を排除してしまえば手っ取り早いがそこまでする必要もない。助産師を残したままで助産師法を封印する。分娩室手術室外来待合室に至るまで院内全域が医師法下である。院内の助産師は法的に看護師として勤務する。高度な産科医療知識を持った高級看護師である。産科医療に加わりたいと希望に燃えて助産師資格を取った若者もいるだろう。いいのである。彼女等は優秀な産科医の基で正常分娩異常分娩の経験を積むのだ。そこで10年20年修行し、その後、自分で開業助産所を持つとき、初めて助産師法の法的適用を受ける。こうした開業助産師は信頼に値する。

(2)タイプB:助産師の業務と医師の業務の棲み分けをする。助産師法下で行う業務は助産師が責任を負い、医師は口を出さない。助産師から手に余るという助けを求められたとき医師の基に搬入する。正常分娩は助産師が行い、異常分娩は医師が行なうという棲み分けである。

(3)タイプC:助産師を助産師法下の助産師として業務に就かせたり、看護師として業務に就かせたりと適時異動させる。この異動は医師の命令に従ってもらう。今から看護師として医師の下で行動しろという指令が出たならそれに逆らう事は許さなれない。それでも逆らうなら解雇である。

おわりに
助産師が量産され産科医療現場に占める助産師法のウエイトが多くなった今、この法に如何に対処するかが求められる。自分の医療機関がタイプAなのかタイプBなのか、あるいはAとBが混在するタイプCに該当するのかを決定しておくのが混乱を避ける第一である。そしてこの区別を医師、助産師、看護師、そして総合病院なら院長も共通の認識を持っておく必要がある。
求められるのは産科医が精神的に強くある事である。新しく産科医長が赴任して来たとき「今日から当院はタイプAで行く」と宣言するくらいの事はあってもいいと思う。他に何かいい手があるかもしれぬ。兎に角うまく工夫してこの難局を乗り切って欲しい。
 ここまで書いた筆者の密かなつぶやき、「法に欠陥があると言った。しかしひょっとしたら法の方が正しいのかもしれない。我々が法の運用を間違ったのだけなのではないか。法はこう言っている。助産師が医療機関に入ったときは看護師となり医師の手伝いをしなさい、と。医療機関内では助産師法はすでに効力を失っている。そう考えればすべてつじつまが合う。助産師が医療施設内に入ったとき、医療を否定する助産師法を導入したことが矛盾を胚胎させた」

文献
1)八木 謙 看護師の内診は違法か 日本医事新報 No.4303 2006年 10月 14日発行