イマジン
八木 謙
イマジン!想像してみよう。離れ小島で。妻がお産になった。夫が取り上げた。なにも問題ない。2人で赤ん坊を育てて行けばいい。隣のおばあさんがやってきて取り上げてくれた。これも問題ない。夫婦から感謝されるだろう。ではそのおばあさんがその小島でお産を1件いくらの謝礼を貰って取り上げてあげますとして商売としたらどうなるだろう。これは業として行うのだか助産師免許を持っていなくては違法である。助産師免許を持っていれば合法か。それだけではダメだ。助産所を開設して、その場所が保健所から認可を受けていなくてはならない。そうしていれば合法である。そうしていれば妊婦の自宅に行って取り上げるのも合法である。また本土で開業している助産師が島に来てお産を取り上げるのも問題ない。夫が妻のお産を取り上げるのは問題ないが、夫が妻の人工妊娠中絶を行うことはできない。業として行ったのでなくてもこれは違法である。
ある業を行うためにはその資格を得ている事とそれを行う場所の認可を受けていることが必要になる。資格も場の認可も不要な仕事もある。例えば家庭教師。実力のある大学生が中高生を教えに行ってお金を稼いでも問題ない。医師などの場合、実力さえあればいいという訳にはいかない。資格が要り、認可を受けた場所が要る。例えば保険所の所長が往診カバンを持って島に渡り患者を診ることはできない。彼は臨床を行う場を持っていないからである。本土で開業している医師が島に行って診療することは可能だ。ただエマージェンシーの場合は話は別である。飛行機の中で急患がでて呼び出された。この場合保険所の所長であっても基礎の教授であっても蘇生が必要なら行えばいい。これは業として行ったのではない。
昨年、ある機関から依頼されある事を調査・研究する機会を得た。それは院内助産所のことである。調べて行くうちに以外な事実を発見したのである。その事実とは院内助産所は助産所の認可を受けていないということである。そこは法的には通常の産科医療機関と変わりない。では、助産所の認可を受けていない場所で助産師のみのお産は可能なのだろうか。院内助産所に関する法的問題を熟考した。この事業を進める為には以下の2つの法整備がなされていなくてはならないという結論に達した。1つは助産師単独で分娩を扱う為にはその場所は助産師法下で扱われる助産所の認可を受けていること。もう1は高度産科医療機関にのみに限定してこの施設は認可できるという法体制を敷くこと。この2つである。
さて、院内助産所の法問題であれこれ考えているうちに、通常の産科医療機関について根本的な法問題を考えるに至った。医師、助産師の両者がいる場。ここは何法に支配されているか。医師法、助産師法、の2つの法の下に置かれる。ずーとこのように考えてきた。以前発表した「助産師法と医師法の狭間で」という論説は正にこの分娩室で助産師法の存在を認めている。しかし今回、これが間違いであったことに気付いた。一大発見である。医療機関内の分娩室はここに助産師がいても助産師法下にない。日本中の産婦人科医が思ってもみなかったことである。助産師法下にないという証拠は保健所がここを助産所として認可していないという事実、更にこの分娩室が助産師法下にあるという法的根拠がどこを探してもみつからないという事実である。助産師法下にあるという法的根拠が1つでも示されれば私の説は覆される。産科医療機関は助産所の認可を受けていない。助産所の認可を受けていない場所で助産師法下の助産業を行うことはできない。
全国の出生の場所、立会者を見てみる(平成27年度統計)。病院において、医師名で出生証明書が出されたのが499,815例、助産師名で出されたのは40,124例。診療所において、医師名で出生証明書が出されたのが453,508例、助産師名で出されたのは3,919例。助産所において、医師名で出生証明書が出されたのが1,036例、助産師名で出されたのは5,849例。自宅分娩が1,135件。助産所で生まれて医師名で出生証明書が書かれているのは医師が助産所に呼び出された例であろう。医師と助産師の両者が出産に立ち会った場合、医師名で出すことになっている。
問題は病院、診療所という医療機関で出産して、助産師名で出生証明書が出されているのがこれだけの数あるということである。医療機関は助産所の認可を受けていない。その助産所の認可を受けていない場所で助産師が業として助産を行ったということである。産婦人科医療機関として認可されている場所は助産所より高度な設備が整っているのだからここであえて助産所としての認可は要らないのではと考える人は多いだろう。物理的にはそうであっても法的にはそうはいかない。助産所の認可を受けていない場所で助産師が助産師法下の助産が業として行なうことはできない。ならば、そうした病院は医師名で出生証明書を発行すればいいと思われるかもしれない。しかしそれは医師法20条、医師は自ら立ち会わないで出生証明書を発行してはならない、に抵触する。
こうした不正な報告がなぜまかり通っているのだろうか。出生証明書を受け付ける部署が市役所だからである。中絶手術の場合、報告先は保健所である。保健所はこの手術が母体保護法下で適切に行われたか確認している。市役所には届けられた助産が医師法下で行われたのか助産師法下で行われたのかをチェックする機能がない。これは当分改められないであろう。
院内助産所の話に戻る。院内助産所を法整備しないで進めて行ったら、以下のような事態が発生しかねない。老人病院の一角を産科病棟に転化する。数十のベットを確保。小じゃれた建物にする。助産師学校はこの十数年で全国に乱立し助産師の量産が行われている。助産師は余ってくる。10人20人単位で助産師を確保する。ここは立地条件がよく、大学病院まで救急車で5分。安全、安心、快適さを売りものにする。この病院には産婦人科専門医はいなくていい。病院経営は医師でなくともよい。企業が進出してくるかもしれない。お産はねらい目だろう。産科医療崩壊の日は数えられたり。