山口県産婦人科学会 会報
山口県産婦人科医会 会報
2026/1/1
八木 謙
以下2つの命題(文章)が真か偽か検証して行く。
命題①
助産師は正常分娩の際には医師の指示を仰がずに分娩を介助することができる。
命題②
看護師の内診は違法である。
以前、私のホームページ「やぎこらむ」に『イマジン』という文章を載せた。そのさわりはこうである。イマジン、想像してみよう。ある離れ小島で妻がお産になった。夫が取り上げた。何も問題ない二人で赤ん坊を育てて行けばいい。隣のお婆さんが来て取り上げてくれた。これも問題ない。夫婦に感謝されるだろう。ではそのお婆さんがその島でのお産を1件いくらで出張して取り上げてあげるとしたらどうだろう。これはできない。業としてやるのだから助産師免許を持ってなければ違法である。では助産師免許を取得してその業を行ったらどうか。それも出来ない。島で助産所を開業し保健所がそれを認可した上でなければ出来ない。そうすれば妊婦の家へ行きお産を取り上げることも出来る。また本土で助産所を開業している助産師が島に来てお産をとりあげるのも合法である。
漫画家手塚治虫の名前は皆さんご存じだろう。彼は医学部を卒業し医師国家試験も通って、医師免許を持っている。では彼がインフルエンザワクチンを購入し、自分のアトリエに行きそこにいるスタッフ達にワクチンを打つことは可能か。できない。そこは医師法下にない。
2005年看護師内診問題が起こった。厚生労働省医政局看護課長通知で「看護師の内診は違法だ」と発表された。小泉政権下、ときの女性法務大臣は助産師であった。官僚はこの大臣に忖度してこのような通知を出した。そのときの日本産婦人科医会会長の坂本正一さんはそんなことをしたら地方の助産師を雇いきれない開業産婦人科はお産を続けられなくなると考え、法務大臣へ面会を求めた。それは一蹴された。日本産婦人科医会会長より大臣の方が偉いのだ。その後、警察による看護師に内診させた医師の告発もなされ、看護師に内診させないようにという県の行政指導も入った。助産師を雇えない弱小地方産婦人科医は次々とお産の取り扱いを止めて行き、助産師学校が各県全国に雨後の竹の子のように設立されて行ったのはご存じの通りである。
私は日本医事新法巻号4303号2006年10月14日に時論「看護師の内診は違法か」八木謙という文章を上梓した。その内容は助産は助産師法と医師法の2つの法の上に立脚している。どちらか1つの法が成立すれば助産は成り立つ。この2つの法はそれぞれ独立している。医師が看護師に内診させたから助産師法違反を犯したという論拠は成り立たないというものだった。今でもそれに間違いはないと思っているが、大事な点が1つ抜けていた。それは医師法下で助産師法は成立するかしないかという点であるこれについては後で論じる。
数年前、他県の県産婦人科医会理事から依頼を受けた。その県では県をあげて院内助産所を沢山作って行く。アドバンス助産師を養成し、その下に多くの助産師を置き、医師の手を借りずに正常分娩を取り扱う。正常分娩に必要な医療行為、(会陰切開、縫合、その際の麻酔)は彼女達の判断で行う事が出来る。依頼してきた理事はそれは医療行為であり、医師法違反になるのではないか。またそのような院内助産所が多くできれば一般の産科開業医がやっていけなくなると心配した。その考え方に私も賛同した。それでその医師のお手伝いをすることにした。その全貌はやぎこらむの「私の戦い」に収録している。
この戦いを続けて行く過程において面白い発見があった。院内助産所とは法的にはどんな存在なのか。院内助産所とは病院内にある床屋さんとか売店のように医師法が届かない場所なのか。分娩室は医師が足を踏み込むまでは助産師法下にあり医師法下にないのか。その法構造を知るために岩国保健所に問い合わせた。私が私の医療機関で院内助産所を運営したいと思ったらどんな法的手続きを取ればいいのか。岩国保健所は管内で院内助産所を取り扱った経験がなく即答できなかった。翌日回答をくれた。厚生労働省に問いあわせてくれたのだ。保健所職員が言うには、法的手続きは何もいらない。ただ今日から当院は院内助産所をやりますと宣言すればいい。法的に助産所ではないのに、助産所と名乗ることは形容矛盾しているのではないかと言うと、それは厚生労働省も困っているようです。という答えが返ってきた。更に「あれは医師法下では医師の指示の基医療の補助をする看護師です」と続いた。
私の疑問は膨らんでいった。若い官僚は法を勉強し、20年前先輩官僚達が「看護師の内診は違法だ」という通知を出したことが法的に間違いだったと気付いた。しかし今更それを訂正できない。マックス・ウエーバーは「永遠の昨日的なるもの」という言葉を作った。これはゲーテの「永遠の女性的なるもの」を模したものである。昨日まで正しかったものは今日も正しい、いや正しくなくてはならない。マックス・ウエーバーはこうした硬直性の世界では近代資本主義・近代民主主義は発展しなかったと説いた。厚生労働省内の硬直性については精神科医宮本政於著「お役所の掟」に詳しい。
なぜこのように硬直したのか。それは江戸時代まで歴史を溯らなくてはならない。奉行所がおふれをだす(立法)。警察行為を行う(行政)、奉行所のお白洲の上で判決を下す(司法)。この3権を奉行所一か所が担っていた。現在でもその残滓が残っているのだ。正に永遠の昨日である。20年前のあのとき、医師たちは国(厚生労働省)を相手取り訴訟を起こしておけばよかった。そして司法の正式な判定を仰ぐべきだった。厚生労働省の言いなりにならずに。
医療機関内に助産師法は存在するのかしないのか。
医療機関内に助産師法は存在しない。それは以下の理由による。
保健所が医療機関内に助産所の認可を行っていないという事実、更に助産師法30条に助産師でなければ助産行為を行ってはならないという法の後半に医師法下ではその前半の文章を打ち消しているという事実。むしろこの法があるから保健所は医療機関内に助産所の認可をしなかった、出来なかった。
この法を作った法律家は同じ行為を2つの別々の法で出来るとしたとき、その2つの法が同じ場所で同時に成立したときの弊害を熟知していたのではないか。その場合はどちらか1つの法を無効にしなければならない。それで医療機関内には助産師法は入れない。医師法1本で行け。ということにした。
前述の2つの命題、これは助産師法下のみにおいて真となる。医師法下では2つとも偽である。
命題①、医療機関内において医師の目の届かない医療は存在しない。
命題②、医師法下では偽である。医療機関内に助産師法は存在しない。
存在しない助産師法を根拠にした「看護師の内診は違法である」という言葉はその効力を有しない。
今、産科医療内で起こっている様々な衝突、これは医師法下の産科医療と助産師法下での助産との摩擦である。これは医療機関内に助産師法は効力を有し得ないとする法解釈ですべて解決する。産科医療の補助を助産師頼みにするのではなく、優秀な看護師の中から産科医療の補助をする人材を育てて行くことが急務である。
