八木 謙
男神女神が出席する高天原の会合では出席者全員同等の発言権・議決権を持つ。日本は神代のむかしから民主的な国であった。その思想は聖徳太子の十七条の憲法に夫れ事独り断む(さだむ)べからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし(物事は独断で行ってはならない。必ず皆で適切に議論しなくてはならない)。に受け継がれ、さらに明治政府の五箇条の御誓文にも「広く会議を興し、万機公論に決すべし」と綿々と受け継がれている。日本は古来より独裁体制に相容れないのである。
ここで山口県下の各郡市医師会の話に移る。郡市医師会はその定款において総会を開くとき会員の過半数の出席を必要とすると規定している。出席者が足りないとき委任状により過半数への数合わせをすることは正しいと、山口県医師会員4000人のほとんどすべての人は信じ込んでいる。郡市医師会総会においては会員の過半数の出席で会は成立すること、委任状出席は出席とみなすこと、委任状は出席会員個人に当てること、となっている。例えば会員総数50人の医師会で、実際に総会に出席した会員が10人、委任状が20枚あれば計30人の出席となり総会は成立する。さてこの委任状の委任する相手がすべて会長だったとすると、会長は自分の1票と委任状の20票を合わせて21票の議決権を持つことになる。このシステムは日本古来の思想と相いれない。強い人間一人が他の9人を率いて行く。これは欧米思想なのだ。1神教の世界と言える。1神教の神は何でも自分一人が決める。惑星の軌道、光の速度まで神が決めた。神はオムニポテンツ(omnipotenz全能)である。オムニポテンツの反対語はインポテンツ(impotenz)。言葉遊びはこのくらいにして一人が21票もの票を所有することが正しいか否かについて考えてみたい。これは間違っている。思想的に間違っているというのではなく法的に間違っている。ほう、これを間違っているという法があるのか。その法は存在する。それは「一般社団法人及び一般財団法人に関する法」という法である。2006年に制定され、2008年に施行された。郡市医師会はこの法下の一般社団法人に認定された。認定された以上この法に従わなくてはならない。この時、質問した。何故当医師会は一般社団法人にならなければならないのか、今のままではいけないのかと。回答は当医師会は会員の会費だけで運営している。収益がある訳ではない。一般社団法人になるのは税制を有利にする為ではない。名誉の為だ。
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律の49条から51条までの4法文を以下に示す。
第48条 社員は、各一個の議決権を有する。(議決権の数)
第49条 社員総会の決議は、定款に別段の定めがある場合を除き、総社員の議決権の過半数を有する社員が出席し、出席した当該社員の議決権の過半数をもって行う。(社員総会の決議)
第50条 社員は、代理人によってその議決権を行使することができる。この場合においては、当該社員又は代理人は、代理権を証明する書面を一般社団法人に提出しなければならない。(議決権の代理行使)
第51条 書面による議決権の行使は、議決権行使書面に必要な事項を記載し、法務省令で定める時までに当該記載をした議決権行使書面を一般社団法人に提出して行う。(書面による議決権の行使)
この法では代理人は誰であってもよい。妻を代理人として総会に出席させてもいいし事務長でもいい。人だったら誰でもいいのだが飼い犬のポチを代理として出席させる訳にはいかない。これじゃ代理犬になる。
そして48条から明らかなように一人の人間が21票の議決権を持つことはできない。委任というシステムは有り得ないのだ。
私が総会を欠席するとき同僚の医師会員に代理人として出席してもらう。この時の総会の議題が次期医師会長の選出だったとしよう。私はB氏を次期医師会長として選んだ。その旨代理人に告げておいた。代理人はA氏を選んだ。代理人が八木の1票はB氏に投票し、自分の1票はA氏に投票したのならいい。それを代理人が委任状を預かったのだからそれは自分の自由になるとして2票をA氏に投票したら、私は私の議決権を行使したことにならない。会長が20票の委任状を預かったなら20人一人々々から個々の議事についての賛否を聞いてメモしておかなければならない。それは大変である。議決権行使書面を提出して貰う方が楽で間違いがない。
比較する為に山口県産婦人科医会を引き合いに出す。私は山口県産婦人科医会という組織に属している。山口県下150人の産婦人科医(母体保護法指定医)の集まりである。この会は一般社団法人になっていない。一般社団法人になっていないのだからこの法に拘束されない。総会開催には委任状は出席者とすると規約の中に明記されている。この会の順守すべき法は一般社団法人及び一般財団法人に関する法ではなく母体保護法である。会員が母体保護法違反をしていないか厳重に監視される。7人の母体保護法指定医師審査委員を置き当該医師が母体保護法指定医に相応しいか否かを審査する。更に2年毎の指定医更新の際もその2年間に更新に必要な研修会出席回数等審査の対象になる。出席数が足りない者は更新できない。つまり指定医を取り上げられる。7人の審査委員は会員の生殺与奪権を持つ事になるからこの審査委員会での会議は崇高な精神の下で為され喧々諤々の議論が交わされる。この7人はこの委員会で同等の発言権同等の議決権を持つ。決して1人の実権者が決断し他の6人をそれに従わせるものではない。まさしく高天原の会合である。山口県産婦人科医会は一般社団法にならなくても誇り高き精神を貫いている。
上位法と下位法という観点から考えてみたい。一般社団法人及び一般財団法人に関する法が上位法であって、郡市医師会定款は下位法にあたる。上位法の一般社団法人及び一般財団法人に関する法は代理人による議決行使を認めている。代理人は誰であってもよい。そして下位法である医師会定款で代理人を同会員に限定することは許される。それは上位法に違反してはいない。ゴルフルールに於いて正規ルールではコース内のどこからでもプレーできる。しかしゴルフ場の都合によりコース内にプレー禁止区域を設定することができる。若木を植えたばかりの地面ではプレーして欲しくない。無罰でプレー禁止区域から出してプレーして貰う。これはそのゴルフ場のローカルルールである。正規ルールに違反しないローカルルールの設定は可である。しかし、正規ルールに違反するローカルルールの設定は不可である。例えば正規ルールではコース内でのプレーのみ可としている。コース外でプレーすることはできない。それをローカルルールでうちのゴルフ場はOB区域からのプレーを可としますというような正規ルールを無視するルール設定はできない。同様に一般社団法人及び一般財団法人に関する法を無視する郡市医師会定款は作ることができない。一般社団法人及び一般財団法人に関する法という上位法は委任状を認めていない。郡市医師会定款という下位法でそれを覆すことはできない。
法48条をもうすこし詳しく見てみよう。
第48条1項:社員は、各一個の議決権を有する。ただし、定款で別段の定めをすることを妨げない。
2項:前項ただし書の規定にかかわらず、社員総会において決議をする事項の全部につき社員が議決権を行使することができない旨の定款の定めは、その効力を有しない。
この第2項は白紙委任状を禁止している。白紙委任状を強要するということは提出する委任状には自分の意思を書いてはならない。つまり委任状の紙に自分が投票する次期会長はB氏である。などと書かずに白紙で提出しろと規定することである。そういう定款は効力を有しない。
ならばこの白紙委任状は白票としてしまえばいいじゃないかという考えも出てきそうである。白票とは普通選挙でも選挙に行くのは国民の義務だから選挙には行く。しかし候補者の中に適任者がいなければ白票を投ずることはある。会長が手にした白紙委任状はすべて白票にして、会長は自分の1票だけを投ずる。こうすれば総会に出席した他の9人と同等の議決権を持つ。高天原と同一である。もともと委任という言葉は自分は総会を欠席する。議決は総会に出席した全員の判断にまかす。その議決には総会に出なかった私も従う。これが委任という考え方であったはずだ。
だがここで困った問題が生ずる。定款20条である。
20条1項:総会は、会員の過半数の出席がなければ、議事を開き決議することができない。
2項:総会の議事は、出席した会員の過半数でこれを決する。
総数50人の医師会では半数の25人では総会は成立せず、26人で成立する。その半数の13人の賛成では議事は成立せず、14人の賛成があって成立する。実出席者10人すべてが賛成しても4票足らず、議事は成立しないのである。100歩譲ってこの委任状が議決権の代理行使に当てはまるとしても、定款21条に、
定款21条3項:前2項の規定により議決権を行使した会員は、前条の規定の適用については、総会に出席したものとみなす。
とある。
一般社団法人及び一般財団法人に関する法では
法第50条 社員は、代理人によってその議決権を行使することができる。
とあるから近所のおじさんを代理人に立ててもその代理人が総会に出席した時点で彼は出席者である。同法では代理人になった医師会員がある会員の代理人ならこの医師会員1人が総会に出席した時点で2人が出席したことになる。しかし郡市医師会では定款21条3項には議決権を行使した会員を出席者とみなすとなっている。議決権を行使する前は出席者ではないのだ。上位法である一般社団法人及び一般財団法人に関する法では代理人出席者は出席者である。下位法である医師会定款で議決権を行使する時点までは出席者ではないとしても矛盾は起こらない。上位法で代理人は誰でもよいとなっているが下位法で代理人は当医師会員に限定するとしても矛盾がないのと同じである。委任状を預かった代理人の投票が済むまでこの委任状は出席者として扱えない。委任状出席を持って出席者に数えることはできないから出席者数が足りない場合総会は成立しない。
いや、このやり方で、つまり委任状提出で実害が生じていないのだからそのままでいいじゃないかという意見もあろう。だが本当に実害が生じていないだろうか。成立していない総会で選出された次期会長は正当性を持たない。正当性を持たないと評される次期会長。彼にとっては酷な話である。やはり総会成立は実出席者数及び議決権行使書面数の合計によって正式に成立させなければならない。
平成十八年法律第四十八号 2006年
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律