『山口県医師会報2019年8月号に掲載』
八木 謙
ガリレイ博士は産科学の大家である。シムプリシオ医師は法律に造詣が深い。
ガリレイ(G)3つは同根だと思っている。
シムプリシオ(S)ほう、何だいその3つとは。
G ①看護師による子宮がん検診問題、②助産師による会陰切開局所麻酔縫合問題、③看護師による内診問題、この3つだ。3種それぞれ違った問題のように映るが問題の根は1つ、それは医師法下にあるかないかということ、これだけである。
S ふうん、1つずつ説明して貰おうか。
G まず看護師による子宮がん検診問題について。
先の国会答弁で「看護師は医師の指導下であれば、腟内から細胞を採取できるか」という質問に対し厚生労働省は以下の回答をした。「医師の指示下で子宮頸がん検査のために膣内から細胞採取を施行することは診療の補助に該当し、看護師が当該行為を業として行うことは可能であると考える」
S うん、真っ当な回答だな。
G そう、この文章は正しい。法的に正しい。
しかし、正確を期するなら「医師法下においてなら可」としなくてはならなかった。医師法下にない場合はこの看護師の行為は違法なのである。
S なるほど。
G 具体的にいうと医師が同席している検診バスの中で医師の指示の下看護師が細胞採取をするのなら合法である。これは厚生労働省の回答と同じ。しかし医師がバスに乗っておらず、看護師単独で細胞採取を施行することは違法である。この場所は医師法下にない。医師の行う診療が存在しない場所で看護師が行う診療の補助が単独で存在することはありえない。
S 医師の指示があってもか?
G ここでの医師の指示というのは具体的な指示なのか包括的な指示なのかが問題になってくる。包括的な指示というのは「おまえ、バスに乗ってがん検診して来ていい」という許可だ。これはがん検診の丸投げになる。この場合この検診は医師の責任下にない。こうした医療行為は許されていない。医療行為は(看護師の行う医療の補助も含めて)医師の責任である。医師の責任下にあるということが医師法下にあるということになる。
S 具体的な指示の下と言わなくてはならないところが包括的な指示の下でも可と解釈してしまった。その為、看護師が単独で子宮がん検診をしていいという解釈がひとり歩きしているということだな。
G そういう事だ。通常の外来診療を考えてみよう。注射薬の種類、量、投与法を決めるのは医師、実際に患者に注射するのは看護師である。前者が医師の行う医療行為であり後者が看護師の行う医療の補助である。病室もその延長で医師が病室まで付き添わなくても医師の指示で何々という薬剤を何mg注射しろという指示がでていればよい。またまたその延長上で患者の自宅での医療行為、医師が同席しなくとも医師がその患者の病状を把握しており、その上で薬剤何々を何mg注射しろという指示を看護師に与えていた場合、看護師単独で患者の自宅に行き注射してくるのは合法である。この場合医師がいなくてもこの患者の家は医師法下にある。だが看護師に包括的指示を与え、その村を一回りして風邪の患者がいたら薬を置いてこいという指示は不可だ。その村の各家は医師の把握下にない、つまり医師法下にない。
外来診療でも医師が海外旅行に行ってる間、看護師に「風邪の患者が来たら診て薬を出しておけ」という包括的指示は出せないだろう。医師が不在の場合は休診にしなくてはならない。そんなことは中学生でも分かる。不特定多数の人間を扱うバスでのがん検診ではそこが医師法下にあるかないかが問題になる。
S うん、分かった。では2つ目は
G 2つ目は助産師による会陰切開局所麻酔縫合問題
助産師による会陰切開局所麻酔縫合は法的に許されるか。これも医師法下にあれば可である。医師が側に付いてて、具体的な指示を出すのだったら合法だ。医師法下になければ、つまり助産所で助産師が分娩を扱う場合は切開局麻縫合という行為は医療行為であるから助産師が行うことはできない。しかし、医療機関内で医師の指示の下に行うならこれは診療の補助と看做すことができる。診療の補助なのだから助産師にやらせても看護師にやらせてもよい。
S ちょっと待て。助産師だけでなく、看護師にもやらせていいと言うのか。
G 真理に迫ってきたな。その通りだ。医療機関内では助産師と看護師は法的に同値だ。
S 何言ってんだ。助産師と看護師は全く別なものだぜ。それを法的には同じだなんて。おまえ酔っぱらってんじゃないか。
G 何ィ、オレは酒飲んでない時はシラフだ。
S じゃあ言ってることがおかしいじゃないか。助産師と看護師はまったく違うぜ。
G 医療機関外ではそうだ。だが医療機関内ではそうではない。医療機関内で助産師が行う業は助産師法下の助産ではない。ここで助産師が行うのは医師の指示の下での医療の補助である。だから看護師と一緒だ。ここは助産師法が通用しない場所である。助産師単独の分娩の取り扱いはここではできない。
S 医師の指示があればいいのだな。
G そうだ。だが包括的な指示ではだめだ。包括的な指示というのは丸投げということになる。丸投げした医師はこの分娩には責任を取らないということだ。だから医師が責任を取るためには具体的な指示下でなくてはならない。医師が責任を取るということは医師法下にあるということだ。
S 具体的な指示を与えるとはどういうことになる?
G 医師が側に付いてて、その部位を切開しろ、局麻剤何々を何CC注射しろ、ここをピンセットでつまみここから針を入れてここに出し、どのくらいの力で縫合しろと具体的な指示をだす。そして助産師や看護師がその指示に従ってその業を行う。これなら法的に可である。しかし、そんなことするくらいなら自分で切開し縫合する方が早い。医師がお産の現場に立ち会わない場合に助産師による会陰切開局所麻酔縫合という考えがでてくるのだが、その場合その場所は医師法下にない。医師法下にない場所で助産師単独で医療行為を行うのは違法である。
S だが、厚生労働省は院内助産所というものを推奨して、医療機関内で助産師単独の助産を認めているぜ。
G 院内助産所は保健所から助産所の認可を受けていない。そこでは助産師法下の助産は扱えない。院内助産所は法構造上誤っている。
S オレ達医者にとって厚生労働省の通達は法だ。
G そんなに卑屈にならなくたって、精神はもっと自由でいいんじゃないか。
S 君は自由すぎるんだ。この間だって、地動説とか言って、この大地が動いて、太陽は静止していて、大地が太陽のまわりをぐるぐるまわってるなんで言う説をぶちまけて、宗教裁判にかけられ有罪判決を受けたばかりじゃないか。少しは自重しろ!
G 「・・・・」
S それはいいとして3つ目の看護師の内診問題についてはどう思ってるんだ。
G これも厚生労働省に逆らうような言い方になると思うんだけど聞くかい。
S 言ってみろ。
G あれは違法ではないさ。医師の指示下で行ったことだもの。そこは医師法下にある。
S だが、厚生労働省は違法と言っている。
G 何法に違反するんだ。あれを違法とする法が日本に存在するのか。
S 保健師助産師看護師法に違反する。助産師でなければ助産という業を行ってはならないという法だ。
G その法の後半に医師法下ではその限りではないという一文が入っている。つまり、医師法下では助産師法のこの一文は効力を発しない。
S と言うと。
G 医師法下では助産師法のあの法文は守らなくていいという事だ。
S そうなのか。
G 道路交通法に例えてみれば、業務執行中のパトカーや救急車は道路交通法違反は適用されない。彼らは道路交通法の枠外にいるんだ。医師も同様医業を執行中の医師は助産師法の枠外にいる。看護師も同様に医師法下で医療の補助に当たっている時は助産師法の枠外にいる。
S よく分からない。何だかごまかされている気分だ。
G 医師は助産師法の枠外にいるのだから医師が助産師法を犯したとして告発されるのは論理的におかしい。警察・検察は看護師に内診させた医師を逮捕し送検した。ほとんどは罰金刑という刑が確定した。しかし中には起訴を取り下げる代わりに病院の閉鎖と老院長の医師免許返納を求め、そうなった。事実上の刑の執行だ。
S うーん、もし看護師の内診の違法性が証明されていないのなら、これら一連の事件で医師を検挙送検した警察・検察はとんでもない愚挙を犯したことになるが。
G 主よ、彼らをお許し下さい。彼らは自分が何をしているのか分かっていないのです。
S おまえはキリストか。
G キリストじゃないけど。ニーチェは言った。女における一切は謎である。しかも女における一切はただ一つの答えで解ける。答えはすなわち妊娠である。
S 何の関係があるんだ?
G 理論はシンプルな方がいいってことさ。
S オッカムの剃刀って事だな。
G そうだ、オッカムの剃刀だ。理論はシンプルな方がいい。①看護師によるがん検診問題、②助産師による会陰切開局所麻酔縫合問題、③看護師内診問題、この3つは1つの解で解ける。それは医師法下にあれば可という解である。どうだ、シンプルだろう。
S シンプルだけど。でもそれは君の単なる仮説だろう。
G そうだ、仮説だ。
S 本人がそう自覚してるのなら、まあいいか。議論してたら喉が渇いたな。居酒屋でも行くか。
G うん、行こう。