上申書
日本産科婦人科学会 理事長 吉村 泰典 殿
―胎児減数手術に関する法的見解ー
平成22年1月29日
山口県 八木 謙
胚移植に対してはその移植する胚の数の制限は出来ますが、過排卵刺激ではなお多胎妊娠の可能性は残ります。その為国内で少なからず胎児減数手術が行なわれている現状だと思われます。
倫理的問題は別に考える事としてここでは法的問題について検証してみたいと思います。
死産に法医学が関与する事が有り得るかという問題で、妊婦に中絶を頼まれ妊娠36週の胎児の心臓に塩化カリウムを注射し心停止を起こしてから子宮内胎児死亡として処置をした場合どうなるか、を法医学の医師と話した事が端になります。
日本医師会雑誌134巻第12号平成18年の付録で「医の倫理」ミニ事典という冊子が出ていますが、その中で聖路加病院の佐藤考道先生が「胎児減数手術」についての法解釈で以下のように述べられています。
「人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保持できない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出すること」(母体保護法第2条)であるから、減数手術は人工妊娠中絶に当らない。また、刑法第29章には堕胎罪の記載がある。刑法での「堕胎」も「自然の分娩に先立ち、人為的に母体から胎児を分離させること」を言うので、これにも当らない。つまり、我が国には減数手術を規制する法律がない。
これは倫理的問題はあるが法には触れないという考え方です。たぶん生殖医療を行っている医師達もそのような解釈をしていると思われます。
だが、この理論が通ると36週の胎児の心臓に塩化カリウムを注射しても法に触れない事になる。この場合、まだ生まれていないのだから殺人罪には当らない。しかし堕胎の罪は免れようがないでしょう。刑法の文章には殺人罪、傷害罪という用語の定義はありません。同様に堕胎罪という用語の定義も刑法の文章の中にない。そういう用語は常用語として使用されているからその定義までは書く必要がない。これは子をおろすという意味になるのだと思います。現に大辞泉で「堕胎罪」を引くと”胎児を母体内で殺し、または早産させる罪”となっています。私は9週の胎児でも母体保護法下による減数手術でなければ刑法上の堕胎罪は成立するのではないかと思っているのです。
確かに母体保護法の文面では減数手術は人工妊娠中絶に該当しない。しかし母体保護法を満足させないという事が堕胎罪を免れる理由にならない。
もし裁判になれば法律家はそのような裁定を下す可能性は極めて高いと思われます。
あまり四角四面に物事を捉えるのもどうかと思うのですが、揚げ足を取られないように法の手続きを踏んで置くに越した事はない。若い医師を法の手から守る為にも万全の策を立てて置く意味はあると思います。愛媛玉ぐし料訴訟や北海道空知太神社訴訟の事例からも見られるように当事者は当然の事として行っている行為であっても法に照らし合わせてみてば違法という判断を裁判所が下す場合もあるのですから。
では母体保護法を適用するにはどうしたらいいか。文面通りに適用するのでなく、母体保護法の拡大解釈でいいのではないかと思います。我々も現状では母体保護法を拡大解釈して本人希望の中絶なのに母体を護る為と称してこれを適用している。むしろ減数手術の方が母体の身を考えてという意味でこの法の精神に合致していると言えます。
全員が母体保護法下で減数手術を行なうとなれば、代理懐胎など規律違反をする医師は学会追放だけでなく母体保護法指定医の剥奪もしてしまえば、その医師が中絶手術や減数手術を行なったことが発覚すれば刑事訴追することも可能になる訳です。